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吉野川に残された橋脚

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先週は木金と連休させていただいて、高知に行ってきました。

高知へは近くのICから乗ってしまえば、2時間かからずに着いてしまう

のですが、のんびりと徳島道経由で行きました。

三本松からは山を越えて土成ICまで30分。高知までの距離は徳島道

経由の方が近いようです。

(走り易さは4車線の高松道と比較になりませんが)

大歩危峡 吉野川

大歩危峡より。

四国の真ん中・池田からは高速を降りて国道32号で。

旧長瀞橋 吉野川

一般道を走っていると、こういう発見があるのがいいですね。

旧長瀞橋 吉野川

吉野川に残された橋脚。

旧長瀞橋 吉野川

「長瀞橋 昭和10年」とあります。

旧長瀞橋 吉野川

84年か~

旧長瀞橋 吉野川

う~ん、対岸も“調査”に行きたいけど、今回は家族旅行ですからね

旧長瀞橋 吉野川

こういうのも気になりますが。

旧長瀞橋 吉野川

あちらの新しい長瀞橋も出来たのは昭和40年頃のようで、道幅も狭く“昔の橋”って

感じでした。私が立っている所から鋭角で橋に入って行くので、大型車などは大変だ

と思います。高松~高知を結ぶ国道32号有数の難所でしょうね。


以上、吉野川に残された廃墟的なものの話題でした。

こういうのがお好きな方は・・・


吉野川に残された橋脚

『池田のピーア』(2016.7.27)

吉野川に残された橋脚

『大歩危峡に残る橋脚』(2016.7.6)

吉野川に残された橋脚

『完成に至らなかった幻の橋』(2015.6.15)




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Category : 幻の橋
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池田のピーア

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池田のピーア 吉野川

四国のど真ん中・阿波池田のとある場所で車を停めました。

川原も含めて美しい吉野川の風景です。

池田のピーア 吉野川

何度か取り上げましたが、未完成のまま頓挫してしまった橋の取材。

最初に国道から見た時は、廃トンネルだと思っていました。


さて、上から見てみましょう。

池田のピーア 吉野川

う~ん


夏場は仕方ないけど、この向こうが絶景であることを知っているだけに・・・



池田のピーア 吉野川

行っちゃいました(笑)

TVのアンテナは見なかったことにしておきます。

池田のピーア 吉野川

最高ですね

池田のピーア 吉野川

ここは・・・

目を瞑っても、橋は見えません。一度も架からなかった橋だから…


~ 未完成の池田橋 ~  

諏訪公園の眼下吉野川の両岸に相対して大きな鉄筋コンクリート造りの橋梁取り付け口の
ピーアがある。これが未完成のまま残された池田橋である。
昭和6年末、池田町長田原作太郎、川崎彦市、脇町森幸雄らによって、池田町と対岸の箸
蔵村を結ぶ賃取橋が計画された。
その規模は橋の大きさ、全長221メートルほど、幅員5.6メートル、水面より高さ21.21
メートル、工事費予算15万円で、6年12月15日県の認可を受け、7年2月2日、千五百川
原で起工式を行い着工したが、翌8年の出水によって橋脚二基のうち北側の橋脚が倒れ水
中に没した。
その後南側の橋脚も倒れ、両岸のピーアだけが残った。実現に努力した田原作太郎も10
年3月に死去し、続行不可能となった。その後12年1月16日に池田橋速成委員会が作られ
たが、これも立ち消えになった。


いつも徳島県西部の情報をいただいているブログ・白うさぎさんの

『にし阿波暮らし』 より転載させて頂きました。
 
池田のピーア 吉野川

折れてしまった橋脚が何とも悲しげです。

池田のピーア 吉野川

吉野川めぐりは、まだまだ続きます。




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Category : 幻の橋
Posted by カワイ on  | 14 comments  0 trackback

大歩危峡に残る橋脚

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吉野川めぐり上流編のつづきです。

大歩危 歩危観橋跡

カテゴリは、久しぶりに『廃墟的なもの』に追加しようかと思ったのですが、

やっぱり『吉野川めぐり』にしておきます。

大歩危 歩危観橋跡

吉野川に架かる徳島県最初の橋・大歩危橋の南側にこのような

ものが残されています。

大歩危 歩危観橋跡

橋桁はなく、両岸の主塔だけ残されている状態。

大歩危 歩危観橋跡

これ以上は進めません。

大歩危 歩危観橋跡

橋名板も残っていました。

歩危観(ぼけみ) という名前だったようです。

大歩危 歩危観橋跡

右側・左側、漢字・ひらがなのルールも決まっているはずですが忘れました

大歩危 歩危観橋跡

目を瞑ると橋が見えます。

大歩危 歩危観橋跡

冗談はさておき、歩危観橋が出来たのはナント昭和年!

82年も前に出来たものが、こんな形で残っているってすごいと思いませんか?

大歩危橋が出来た昭和49年にその役割を終えました。


いいものを見せてもらったと満足しながら、お友達が待つ車へ。

大歩危 歩危観橋跡

一瞬、ドキッとしましたが、優しいワンコで助かりました(笑)




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Category : 幻の橋
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【吉野川めぐり】 完成に至らなかった幻の橋

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美濃田の淵 吉野川

徳島自動車道の吉野川ハイウェイオアシス。

長らく引っ張りました吉野川めぐりの上流編は、朝一番に寄ったここの話題で最後です。

美濃田の淵 吉野川

景勝地として有名な美濃田の淵には、1本の橋脚が哀しげに残されています。
 
美濃田の淵 吉野川

東みよし町HPより

昭和26年ごろ森金次郎が発起人となり、架橋運動を始めた。
当時は吉野川の南岸と北岸の交通は渡し船に頼るのみで、非常に不便であり、この橋の
架橋に賛同するものも多く、実現が望まれていた。

昭和28年秋に下名境谷の都築建設に橋脚工事を発注し着工した。
その後、村議会に要望書を提出、これについて村議会の全員協議会が昭和29年1月14日
開催され、森金次郎が出席し、起工式後北の橋脚が2分の1くらいできていると説明している。
その後、1月15日の全員協議会において、工事が7~8割見通しがつけば村として30万円の
補助をすることが決定されている。

森金次郎が病気のため倒れ、工事委員長に野村義寛が就任したが、間もなく森田宣光に
替わり、3月1日の議会全員協議会には森田宣光が出席し説明している。
しだいに工事も進捗し、北岸橋脚が完成し、中央の橋脚が岩の上に姿をあらわした時は、
完成時の雄姿を想像し、胸を躍らせたのである。

しかし、寄付金も思うように集まらず、村からの寄付金の支出も早急には望めず、工事半ば
にして中止のやむなきに至ったのであった。

160万円余を投じたといわれているが、残ったのは北岸と中央の橋脚と負債であった。
現在は北岸と中央の橋台は展望台を兼ねたバーゴラの台となり、中央の橋脚には照明灯が
つけられている。
 
美濃田の淵 吉野川

橋脚まで完成しながら、資金不足で頓挫してしまったわけですね

美濃田の淵 吉野川

橋が架かるはずだった北岸の橋台

私には橋が見えます。

美濃田の淵 吉野川

以上、お天気に恵まれた吉野川めぐり上流編、長らくのお付き合いありがとうございました。



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【関連の話題】

鏡のような吉野川・池田大橋編→ 
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責任は負えません→ 

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Posted by カワイ on  | 16 comments  0 trackback

幻の橋

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本日、木曜日は誠に勝手ながら定休日とさせていただいております。

池田 ピーア

吉野川がブルーに輝く三好市池田町より。

トンネルのようにも見えますが、建設されながら完成しなかった幻の橋です。

池田の“ピーア”と呼ばれているようですね。

池田 ピーア

対岸から(2年前の撮影)

橋脚の跡が残っているのがお分かり頂けると思います。

池田 ピーア


池田ダム下流に残されている幻の橋の詳細については、いつも徳島県西部の情報をいただ

いているブログ・白うさぎさんの『にし阿波暮らし』 より転載させて頂きました。


~ 未完成の池田橋 ~  

諏訪公園の眼下吉野川の両岸に相対して大きな鉄筋コンクリート造りの橋梁取り付け口の
ピーアがある。これが未完成のまま残された池田橋である。
昭和6年末、池田町長田原作太郎、川崎彦市、脇町森幸雄らによって、池田町と対岸の箸
蔵村を結ぶ賃取橋が計画された。
その規模は橋の大きさ、全長221メートルほど、幅員5.6メートル、水面より高さ21.21
メートル、工事費予算15万円で、6年12月15日県の認可を受け、7年2月2日、千五百川
原で起工式を行い着工したが、翌8年の出水によって橋脚二基のうち北側の橋脚が倒れ水
中に没した。
その後南側の橋脚も倒れ、両岸のピーアだけが残った。実現に努力した田原作太郎も10
年3月に死去し、続行不可能となった。その後12年1月16日に池田橋速成委員会が作られ
たが、これも立ち消えになった。


何と出来たばかりの橋脚が、2本とも倒壊してしまったのですね。

当時既に完成していた下流の三好橋が全長243.5メートルで工事費36万円だったことから

考えると、15万円という三好橋の半額以下の工事費に倒壊の原因がありそうです。

80年経った今もなお残る橋脚。1本の川と橋をめぐる悲しい物語でした。




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